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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4506号 判決

原告 日特重車輛株式会社

右訴訟代理人弁護士 原田勇

同 山本潔

同 原誠

被告 株式会社宮城林産ビル

右訴訟代理人弁護士 半沢健次郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(一)被告は、原告に対し、金一八〇万円及びこれに対する昭和四九年四月四日完済まで年五分の金員を支払え。

(二)訴訟費用は、被告の負担とする。

(三)仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)被告は、もと宮城林産振興株式会社と称していたが、昭和四〇年八月五日、その商号を株式会社宮城林産ビルと変更し、同月一三日、その旨の登記を経たものであるところ、原告は、昭和三八年四月一四日、被告から、別紙目録記載(一)の建物(以下「本件(一)の建物」という。)のうち、同目録記載(二)の建物部分(以下「本件(二)の建物」という。)を、期間は昭和五八年四月一日まで、賃料は一ケ月金一九万円、毎月末日払の約定で、賃借し、その際、被告に対し、原告の右契約上の債務を担保するため、保証金名義で金二〇〇万円を交付した。

(二)(1)原告は、その後昭和四三年四月三〇日頃、被告との間で、本件賃貸借契約を合意解除し、その頃、被告に対し、本件(二)の建物を明け渡した。

(2)したがって、被告は、原告に対し、右保証金二〇〇万円を返還すべき義務が生じた。

(三)しかるに、被告は、右保証金の返還をしないので、原告は、被告に対し、昭和四九年四月三日到達の書面をもって、右保証金二〇〇万円の支払を求める旨の催告をしたところ、被告は、その後内金二〇万円を支払ったが、残金一八〇万円をいまだ支払わない。

(四)よって、原告は、被告に対し、右保証金残金一八〇万円及びこれに対する催告の日の翌日である昭和四九年四月四日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(一)請求原因(一)は認める。なお、本件保証金は、原告の本件賃貸借契約上の債務を担保する趣旨の外、賃貸ビルである本件(一)の建物の建設協力金とする趣旨でも授受されたものである。

(二)同(二)の(1)は認めるが、(2)は否認する。

(三)同(三)は認める。

三、抗弁

(一)被告は、昭和三八年四月一四日、原告から、本件保証金二〇〇万円の交付を受けた際、原告との間で、その返還方法について、左記の約定をした。

(1)保証金は、本件(二)の建物の使用開始の日から一〇年間据置き、一一年目から向う一〇年間にわたり、毎年均等に分割して返還すること

(2)ただし、保証金のうち一〇パーセント相当額については、原告が本件賃貸借契約上の債務を履行したうえ、被告に対し、本件(二)の建物を明け渡したときに返還すること

(3)本件賃貸借契約が存在しなくなった場合においても、返還方法は右と同様とすること

(二)しかして、原告は、昭和三八年四月一四日頃、本件(二)の建物の使用を開始したから、被告は、現在、右約定により、原告に対し、右使用開始の日から一一年後にあたる昭和四九年中に保証金二〇〇万円の一〇分の一にあたる金二〇万円を支払うべき義務があるにすぎないところ、原告自認のとおり、内金二〇万円を支払ったが、残金一八〇万円については、いまだ弁済期が到来しないから、これを支払うべき義務はない。

四、抗弁に対する認否

(一)抗弁(一)は認める。被告主張の保証金の返還に関する約定は、原告と被告間の本件賃貸借契約が存続期間の二〇年間、存続する場合に関するものであり、本件におけるように、賃貸借契約が存続期間の途中で終了した場合については、適用がない。

(二)同(二)のうち、原告が昭和三八年四月一四日頃、本件(二)の建物の使用を開始したこと、被告が保証金内金二〇万円を原告に支払ったことは認めるが、その余の点は否認する。

五、再抗弁

仮に本件保証金の返還について、被告の抗弁(一)の約定が適用されるとしても、被告は、原告から、本件(二)の建物の明渡を受けた後、すでに右建物を第三者に賃貸し、新たに保証金の交付を受けた。それで、被告は、さきに原告から交付を受けた保証金を保有すべき理由はなく、これにより、不当な利得を得ており、原告に対し、右保証金残金一八〇万円の返還を拒否すべき必要がないのに反し、原告は、本件賃貸借契約が終了した以上、右保証金により、受益することはなく、また、被告の承諾がなければ、右保証金を他に譲渡することができない関係上、その流用、回収の方法がなく、その返還を受けなければ、損失を受けることになるから、被告が右保証金残金一八〇万円の返還を拒否することは、権利の濫用として、許されないものである。

六、再抗弁に対する認否

再抗弁は争う。

第三、証拠〈省略〉。

理由

一、請求原因(一)、(二)の(1)、(三)の各事実は、被告の認めるところである。

右事実によれば、本件保証金は、原告の被告に対する本件賃貸借契約上の債務を担保する目的で、交付されたものであることは明らかであるが、他面、被告代表者尋問の結果によれば、被告は、昭和三八年三月頃、賃貸ビルである本件(一)の建物を建築して所有するに至ったもので、多額の資金を要したところ、本件賃貸借契約に際し、原告に対し、右資金の負担の一部を原告に転嫁するため、右建設協力金としての趣旨をも含めて、原告から、本件保証金の交付を受けたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

二、そこで、本件保証金の返還債務の履行期が到来したかどうかに関し、被告の抗弁について、判断するのに、被告の抗弁(一)の事実は、原告の認めるところである。

右事実と被告代表者尋問の結果を総合すれば、本件におけるように、賃貸借契約がその存続期間の途中において、解除により、終了した場合についても、抗弁(一)の(1)、(2)の各約定が適用されるべきことが明らかである。したがって、被告は、本件賃貸借契約が終了し、原告から、本件(二)の建物の明渡を受けたとしても、即時、保証金を返還する必要がなく、右約定に基き、返還すれば足りるものというべきである。

しかして、被告の抗弁(二)の事実のうち、原告が昭和三八年四月一四日頃、本件(二)の建物の使用を開始したこと、被告が保証金内金二〇万円を原告に支払ったことは、原告の認めるところである。

以上の事実によれば、本件保証金残金一八〇万円については、いまだ弁済期が到来しないから、被告は、原告に対し、これを支払うべき義務がないものというべきである。したがって、被告の抗弁は、理由がある。

三、そこで、次に、原告の再抗弁について、判断する。

被告代表者尋問の結果によれば、被告は、昭和四三年四月三〇日頃、原告から、本件(二)の建物の明渡を受けたが、その後同年六、七月頃、訴外三愛商事株式会社に対し、本件(一)の建物のうち、本件(二)の建物床面製約九九・一七平方米(約三〇坪)を含む建物部分床面積約二三一・四〇平方米(約七〇坪)を賃貸し、同会社から、新たに保証金として、金二〇〇万円余の交付を受けたこと、なお、その際、被告は、自己の負担において、本件(二)の建物の造作の模様替をしたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

また、成立に争いのない乙第一号証、証人土田勇男の証言、被告代表者尋問の結果を総合すれば、原告と被告間の本件賃貸借契約においては、原告は、被告の書面による承諾を得なければ、保証金を他に譲渡することができない旨を約定したこと、原告としては、本件保証金残金一八〇万円の譲渡、流用が必ずしも容易ではないことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告としては、すでに本件(二)の建物を第三者に賃貸し、新たに保証金の交付を受けたものである以上、原告から交付を受けた保証金の性質、目的からして、必ずしも、その全額を保有する必要性があるともいえないのに反し、原告は、その返還を受けないことにより、不利益を受けるものというべきである。

しかしながら、右事実をもって、直ちに右保証金に関する返還の約定が被告に暴利を得させるものとはいうことができないのみならず、被告において、原告から本件(二)の建物の明渡を受けて、これを新たに他に賃貸するまで二、三カ月間を要し、かつ、その際、自己の負担において、右建物の模様替をしなければならなかった事情を考慮すれば、被告が右保証金残金一八〇万円を原告に即時返還しないことをもって、権利の濫用ということはできない。したがって、原告の再抗弁は、理由がない。

四、してみれば、原告の本訴請求は、失当として、棄却されるべきであるから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判官 佐藤栄一)

〈以下省略〉

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